「お前、『人』って種族知ってるか?」
いつだったか、主は彼にこんな事を言った。
「人…人間ってのは面白いぜ?
俺たちにしてみれば瞬きみてぇな時間しか生きられねぇクセして、俺たちと同じかそれ以上貪欲に生きやがる。」
ぐいっと飲み干したソレは、確かその人間が作った飲み物だ。
身体にすでに人間の血が混じっているからなのだろうか、独特の味が喉を伝い、おいしさという感情が渇きを癒す。
「…美味い。
この酒も人間が作ったもんだ。
魔族にゃ何の利益もねぇもんだが、例えばこれを飲んで飲んで…飲みまくって、狂って負の感情に押しつぶされた人間は魔族の糧になっちまう。
別に酒が絡んでなくたってそうだ。人はな…負の感情を大量に生み出すのが上手いんだよ」
魔族が生きる糧とする『負の感情』。それを生み出すのがもっとも『適当』なのが人であると、…彼は以前別の誰かから聞いた気もする。
「いつの時代も争ってる。傲慢で身勝手、裏切りだの妬みだの怒りだの…周りに振りまきまくるアホな種族よ。ったく人間はアホだ」
そう言って、また笑う。笑って、伸びきった燃えるような赤い髪を風になびかせる。
「ま、俺は割と気に入ってるがな」
侮蔑でも嘲りでもない。髪の隙間から見える笑みは、実に楽しそうだった。
ふいに彼は、何故気に入ってるのかと口を挟んで聞いてみた。
主はちょっと目を見張り、彼を見た。
そして、
「あぁ?んなめんどくせぇ質問するんじゃねぇよ」
心からめんどくさそうに主は髪をかきむしった。
「俺が気に入ってるっていうんだから気に入ってるで良いんだよ。何か文句あるか?」
豪速で首を振る彼をみて、主は『よしよし』とばかりに彼の頭をくしゃくしゃと撫でた。
ひとしきり撫でて、主は彼をじっと見つめる。
「…気になるか?」
「…?」
「人間が」
「…??」
主の質問の意図がわからない。
彼が質問をしたのは『主が』人間に関心を持っていたからだ。それ以外に何があるというのか。
主は不思議な顔をしたままの彼に苦笑する。
周りに無関心になってしまった彼自身の久方ぶりの関心。根は素直なのに、どうにも彼は自分の感情に鈍感だ。
いや、鈍感にならなければ生きていけなかったのかもしれない。
(いっそアホなくらい気持ちに正直でコイツの感情ガンガン引っ張りだすくらいの奴がいればなぁ…)
自分はダメだ。強引に押す事は出来ても、それを変えるには上下関係が出来すぎている。
ふと、主はある考えを巡らせた。
それは何年かかるか、そもそも本当に実現するかわからない、夢のような考え。
主は呟く。
「…まぁ、人ってのは、魔族や竜族以上にいろんな性格の奴らがいるからな…ひょっとしたら中に一匹くらいいるかもしれねぇな」
何が?
彼は彼よりずっと大きい背丈の主を見上げる。
「お前が気に入る奴がさ」
主は笑った。無自覚の関心の芽を抱く彼に、愛おしそうに。

「いつか会えると良いな。……なぁ、ヴァルガーヴよ」
その数年後。主は滅び、彼は一人になった。
【 END 】
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