【 自覚―『V』― 】
日が沈む頃、俺は目を開けた。
目の前には、煌々とした明かりがつき、闇に包まれるのを今かと待ち望んでいる人間の街並が見えた。
「…そろそろ行くか…」
別に行く日だとか、時間帯を夜だとか決めている訳ではない。断じて違う。
ただ…そう、何となく。
今日も行きたくて、行きたくなる衝動に駆られるのがたまたまこんな時間だという…ただ、それだけの事だ。
「……ジラスのバカが言った事を、俺はまだ気にしているのか…?」
…ふと、つい数時間前の事が一気に脳裏によみがえって、一人で頭を抱える。
あのバカジラス、余計な事をっ…!!
それはつい数時間前の事だ。
「ヴァルガーヴ様、今日も出かけるンすか?」
「…あぁ」
ジラスに呼び止められ、内心舌打ちする。
別にジラスにごときに指摘されようと構わないのだが、さらに後ろから感じるグラボスと、特にアルメイスの視線が妙に気障った。
「ここんとこ毎日ッスね」
「まぁな」
「どこに行ってるんです?」
「貴様が知る必要はない」
そっけなく、淡々と答え、且つそそくさに立ち去ろうとする俺に、ジラスは耳をピンと立てて笑顔でこう言いやがった。
「ヴァルガーヴ様、やっぱイイ人でも出来たンスね?」
「……」
……イイ…人?
俺が聞き返す前にグラボスがジラスの口を塞ぎにかかる。
「バッカジラス!!このおしゃべりが!」
「む〜っ!っで、でも親分〜この間話した時、親分だって『だろうな』って!」
「それは言わねぇ約束だろうがぁっ!!」
「ヴァルガーヴ様が好いた相手、どんな奴か知りたいって親ぶ」
「ジィィラァスゥッ!!!」
泣きそうな声で叫ぶグラボスの後ろで、いつもと変わらぬ…いや、心なしか楽しそうに事を見つめるアルメイスを俺は見逃さなかった。
「何か言いたい事でもあるのか?アルメイス」
「いや」
あの仏頂面が笑って見えるのは気のせいだろうか。
「行くのか?」
「貴様と協力する時以外は俺の行動に関わないでもらおうか」
「元よりそのつもりだが…?」
「…ふん」
グラボスの声が響く鍾乳洞に背を向け、俺はアレの元に向かった。
そして現在に至る。
「アイツらが裏であんな話してやがったとはな…後でじっくり仕置きしてやる」
そんな事を考えながらも、ジラスの言葉がまたも頭にちらつく。
『イイ人』
…。
何故あの時「光の剣を奪いに行く」と言えなかったのか…。
そもそも『イイ人』…だと?
イイ人…イイ人?
…良い奴という事か?
「……」
ふと浮かんだのは光の剣…の現時点での所有者の顔。
…ん?
「…何故、あの男が出て来るんだ…?」
奴が光の剣を持っているからとっさに浮かんだだけか…そうだ、そうに違いない!
…妙に頭に引っかかっているのが気になるが、まぁいい。
俺はあの男の顔を掻き消す様に、飛び立った。
目的はあくまで光の剣の奪取、それだけだ。
屋根の合間を縫うように、上から目的「物」を探す。
いっそこの街自体を滅ぼすのも悪くはないが、廃墟から柄一つ探し出すのも面倒な話だ。
奴らの行きそうな場所は決まっている、そこを探し、目的「物」だけ奪えばいい。
『物』だけを。
「…!」
裕に見つかった。
否、宿の最上階のベランダに立つ、自分の瞳と同じ金の髪が目に入ったのだ。
それは物ではなく、明らかに人。
脳裏に何度も出やがった、あの男だ。
「……ガウリイ=ガブリエフ」
カツ…とワザと音を立て降りると、まるで『待っていた』と言わんばかりに奴は…ガウリイは優しく微笑んできた。
「よお、遅かったな」
風に揺らめく美しい金の髪、端正な顔立ち。
ふと、人間の女が見たら一目で惚れてしまうのではないだろうか…などと考えたら、心がざわついた。
コイツは他の奴にもこんな顔をするのだろうか。
俺以外の奴にも、こうも優しく笑うのだろか…。
…嫌な感じだ。
…ん?何故そう思うんだ?
さっきこの男が頭に浮かんだから…気になるのか?
「…また考え事か?」
「また、だと?」
「だろ?」
クスクス笑って、ガウリイは俺の近くに寄ってきた。
一歩、二歩…仲間に近づく時と同じように、それ以上に無防備に。
「お前、俺のとこに来るといっつも妙な顔するよな。昼間とは大違いだ」
「どこがどう違うと言うのだ…!?」
「え?あー…う〜ん、なんだろうなぁ…」
むぅ…と腕を組み、考える男を見つめる。
…何故俺はこんな男をじっと見ているのだろうか…ここに光の剣がない以上、目的物は部屋の中だ。
取りに行けばいい。そうだろう?
なのに何故動かない?目的と違うだろう。
―…本当に、違うのか?―
「んー…なんだろうな。よくわかんないな」
ほら、また笑った。何がそんなに嬉しいのか。
この男は…妙な男だ。…だが俺も、同じくらい…
「どうかしたのか?ヴァルガーヴ」
「うるさい」
「…でも赤い…」
「黙っていろ!」
妙だ。
この男が笑う顔を見て不快だと思えない。
こうして今俺だけに笑っている…まぎれもなく。
そうだ。
これが見たかったんだ。
俺だけに向けられる、俺だけを見るこの瞳を独占出来るのは今だけだから。
俺は光の剣を奪いに来た。
…違う。
俺は…コイツに会いに来たんだ。
「何なんだ、貴様は…」
頭が割れそうだ。意味が分からない。
どうしてこんな感情が生まれた?
何故数回しか会っていない、こんな人間ごときがこうも気になる…
何なんだ、この感情は…!
「…なぁヴァル」
俺が混乱状態なのを知らずに、奴は俺の頭上から声を…
…頭上?
「!」
気が付けば、ガウリイの身体が俺のすぐ…というかドまん前にあった。
驚きに目を見開く俺に対し、奴は優しく微笑んで言った。
「手をさ」
「…?」
「手を俺の背中に回してみ。そうすりゃ落ち着くから」
……手?
………そ、そうなの…か?
そんな事でこの感情が治まるのか?
きょとんとする俺を見て、そっと手を促すガウリイ。
「…こ、こうか?」
腰から腕を巻き付けて恐る恐る背中を抱いてみる。
「そ。で、俺も抱き締めてと」
回される手。触れ合う身体。
ガウリイが感じられて…触れ合う身体があたたかで、もやもやや苛立ちが…薄れる。
あぁ、確かに、落ち着く…気がする。…不思議と良い気分だ。
だが…何故?
「可愛いな、お前さん」
「可愛い…だと?」
妙な表現に思わず沈みそうだった意識を引き戻し、ぐっと両手で奴を押し距離をとると、嬉しそうな表情で見つめるガウリイ。
「落ち着いたか?」
「あ…あぁ。……まぁ」
我ながら曖昧で力のない返事だ。だが理由が分からない以上答えにく過ぎる。
それにこの空気はさっきとは別の感じで落ちつかない…。
…どうにも、先ほどとは別の感じで落ち着かない。
「…帰る」
「へ?もう帰るのか?」
「貴様に会いに来ている訳ではない。
…今日は気分が乗らん、だけだ」
「気分ね…。そっか、わかったよ」
今はな…と聞こえたのは俺の気のせいだろうか。
月に照らされて、ガウリイは微笑み、手を差し出す。
「…なんだ?」
「また頭ぐちゃぐちゃになったら来いよ。いつでも落ち着かせてやるから」
「…」
結局。
俺は応えないままその場を後にした。
手を握れば、まだあの背中のあたたかさが残っている…
これは、何だ?
『また頭ぐちゃぐちゃになったら…』
アイツは俺の迷いの答えを知っているという事か…
ならば、またアイツに会えばそのうちこの気持ちも分かるのか…?
「…くだらんな」
闇夜に吐き棄てる。
俺の考えも相当だ。
だが…そう思っても、多分…俺はきっと、このぬくもりを追って…またアイツを求めるのだろう。
それが何故かを知るのは…もう少し先になりそうだがな。
【 END 】
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